しんちゃんの七輪陶芸、12年の日常

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雀宮と伊藤潤 2月5日(月)

遊歩道整備工事のはずなんですが。
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まるで道路拡幅工事ですな。
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この先どうなるんでしょう?
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      「悪左府の女」 著 伊東潤
 醜女かどうかは、個々の顔立ちによるのではなく、顔や姿形の類型的な分類によって決まる。つまり栄子のように色黒で背が高く、目鼻立ちがはっきりしている女性は、一様に醜女とされた。
 その一方、最も理想的な女性像としては、身長は高くても五尺(約百五十二センチメートル)、髪の毛は直毛で、顔の色は白ければ白いほど喜ばれ、頬は下膨れがよいとされた。さらに目は細く切れ長で、鼻は小さく低く、唇は薄く、体全体がふっくらしていれば申し分ない。

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by shinchan7rin | 2018-02-05 08:52 | 読書 | Comments(0)

公民館清掃と伊藤潤 12月16日(土)

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公民館利用団体協議会としてお呼び出し。
ま、出席率は良い方でしょう、これから公民館清掃です。
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工芸室の排水桝のどぶ攫い。
陶芸使用の土が流れて溜まってしまう。
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長靴を用意してきた。
1時間30分のお仕事、お疲れさまでした。
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      「虚けの舞 織田信雄と北条氏規」 著 伊藤潤
 名護屋城は東松浦半島の北端、標高八十メートルの勝男岳に築かれた。ここは朝鮮半島への最短距離にあたり、湾口にある加部島が玄海の荒波を遮ってくれること、そして湾の水深が深く、大艦隊の停泊に適していたことなどが選地の理由に上げられる。
 五層七階の天守閣は金箔瓦で葺かれ、それを豪奢な御殿群が取り巻いていた。曲輪は本丸、二の丸、三の丸を中心に、遊撃丸、弾正丸、水出曲輪、東出丸、山里丸などを周囲に従える三段渦郭式という築城様式を取っていた。さらに、各曲輪の周囲には、野面積みの高石垣が二重、三重に巡っており、その堅牢さは、城造りを知る者すべてを驚嘆させた。


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by shinchan7rin | 2017-12-16 08:44 | 読書 | Comments(0)

散歩のニャンと伊藤潤 9月2日(土)

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塀の上のニャン。
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寄ってみた、これ以上は逃げる。
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生垣の下のニャンズ。
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こちらを振り返って、逃げる。
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      「池田屋乱刃」 著 伊藤潤
「志士は恕の心を持たねばならぬ」
「漢字で書くとこうなる」
 宮部は懐から筆入れを出すと、半紙に「恕」と書き、祐次郎の前に押し出した。
「恕の心とは、『論語』で孔子が唱えた言葉だ。『人を思いやる心』と訳してしまえば分かりやすいが、言葉の持つ迫力が伝わりにくい。それゆえ孟子は、恕の心を『忍びざるの心』と解釈した。すなわち、他人の悲しみや苦しみを見て、我慢できずに駆け出していく衝動や本能に近い心であると説いたのだ」

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by shinchan7rin | 2017-09-02 09:18 | 読書 | Comments(0)

ベルク工程表と伊藤潤 8月12日(日)その2

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工事の音がしないと思ったら、お盆で休工中であります。
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      「走狗」 著 伊藤潤
 川路利良は天保五年(一八三四)五月十五日、鹿児島城下から北に三里余離れた比志島という小さな村で生まれた。
 利良の父は正蔵利愛といい、他家から川路家に養子入りして川路家長女の悦子を娶り、利良を筆頭に四人の子をもうけた。
 幼少の頃から利良は利発で、読み書きそろばんも得意だった。だが貧乏はいかんともし難く、朝から晩まで父母と共に畑を耕し、小さな荷車に薩摩芋や桜島大根を載せて、鹿児島城下に売りに行かされた。そうした日々がいつまで続くのかと思っていた十一歳の秋の日、利良の生涯を変える事件が起こる。

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by shinchan7rin | 2017-08-12 16:34 | 読書 | Comments(0)

クリスマスコンサートと伊藤潤他 12月5日(月)

ゴスぺラ・ミュウ X'masコンサートのポスターができた。
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12月25日(日)午後3時より、約2時間。
例年より1時間早まったのでご注意を。
会場は秩父歴史文化伝承館。
入場は500円、立ち見が出たりするのでお早目にお出かけを。
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「決戦!本能寺」 著 伊藤潤 矢野隆 木下昌輝 宮本昌孝 天野純希 葉室麟 冲方丁
  信長は、しばしば家臣にあだ名をつけた。それも、笑うに笑えない、人を小馬鹿にしたような子どものごとき名をくれてやるのである。
 光秀の場合、
「キンカン」
 というあだ名で、これは禿頭を意味した。といっても光秀は豊かな頭髪の持ち主である。
 その理屈も、光秀の二字から、『儿』と『禾』と抜き出して重ねると『禿』になるという、教養もへったくれもない馬鹿馬鹿しいもので、信長の駄洒落好きの産物であった。




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by shinchan7rin | 2016-12-05 09:32 | 読書 | Comments(0)

11月の雪と伊藤潤 11月24日(木)

明け方から雨が雪になった。
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役場へ行く用事もあるのだが、今日は籠っていよう。
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遠くに見える白扇の煙突。
撤去が始まるらしいと、噂が聞こえてきた。
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     「江戸を造った男」 著 伊藤潤
 明暦三年(一六五七)一月十八日に江戸を襲った大火は、家康、秀忠、家光の徳川三代が築いた江戸の町の三分の二を焼き尽くした。
 しかし自然発生的に誕生し、増殖するように広がってきた江戸の町を、原点に立ち返って造り直すという機会に恵まれたことも確かである。保科正之、松平信綱、阿部忠秋ら幕閣の中心は、この機に江戸の町の過密化を緩和し、防災性の高い都市に造りかえていくことにした。
 また急速な江戸の人口増は、防災だけでなく流通という点においても不具合を来し始めていた。すなわち物資の絶対的不足から、食料や日用品の価格が高騰し、まっとうに働いても、食うに困る人々が出始めたのだ。




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by shinchan7rin | 2016-11-24 09:29 | 読書 | Comments(0)

お月見と伊藤潤 10月16日(日)

昨夕は鉢形城址でお月見の会が開催。
たいていは曇ってしまうのではなかろうか、と考えていたら。
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見あげると、いい月が出ているではないですか。
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おおきくはなるのですが、如何せんコンデジの解像度は高が知れている。
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     「虚けの舞 織田信雄と北条氏規」 著 伊藤潤
 並ぶ者なき天下人秀吉が、そのうねりに逆らい大陸を制することが出来るのか、氏規は天に問いたい気分だった。
「この出征は太閤秀吉一代の大失敗」
 一部にはそう言うむきもある。しかし、その成否にかかわらず、秀吉とその側近にとっては、この祝祭を実行することが重要なのである。
 そこには百年にわたる戦国時代が終焉し、余剰となった下級武士人口の捌け口としての出征という意味がある。余剰人口が国内にいる限り、食料は慢性的に不足し、各地の治安は悪化する。つまり、彼らの存在が常に政権の基盤を揺るがすことになる。たとえ数年でも彼らが出征してくれれば、その間に豊臣政権を盤石なものとする時間が稼げる。つまり、この出征が結果的に失敗に終わったとしても、豊臣政権にとって利がないとは言えないのだ。




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by shinchan7rin | 2016-10-16 09:56 | 読書 | Comments(0)

散歩のニャンと伊藤潤 7月25日(月)その2

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よそのお宅の前で、白黒ニャン。
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立ち入っていくことはできないので。
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      「黎明に起つ」 著 伊藤潤
 むろん出家の理由は、それだけではない。
 曲がりなりにも主筋にあたる足利茶々丸の本拠を攻撃したことは、下剋上にあたる。
 下剋上を行ったものが在俗のままでは、私欲から事を起こしたと思われる。
 それを嫌った新九郎は、新たな一歩を踏み出すという意味からも、己の人生を刷新する必要を感じた。
 出家といっても、むろん引退して寺に入るわけではなく、僧形の武将として、これからも変わりなく戦い続けるつもりである。
 かくして早雲庵宗瑞という男が誕生した。
 明応三年(一四九四)正月、伊勢新九郎三十八歳の冬のことである。




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by shinchan7rin | 2016-07-25 22:23 | 読書 | Comments(0)

噂話と伊藤潤 7月18日(月)その2

雀宮近くの、パン屋になると噂のお宅。
5月下旬にはこんな看板が立っていたのだが。
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6月上旬まで、毎日ご夫婦が建物の手入れに見えていたのだが。
その後看板も撤去されてしまった。
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何の動きもないまま7月中旬も過ぎて、
どうやら経営母体が空中分解してしまったとか・・・
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     「天下人の茶」 著 伊藤潤
 利休が手にしているものは、その中でも掃部の自信作である。
 大きな櫂先と細い追取が対照的なその茶杓は上から見ると不格好だが、斜めから見ると、節裏が絶妙の角度で反り返っており、得も言われぬ味わいがある。
「象牙は味気ないものです。やはり竹にこそ、味わいがあります」
「それにしても、よくぞこの蟻腰の角度を見つけられた」
 掃部の茶杓を手にした利休が、さも感慨深げに言う。
 蟻腰とは、その屈曲が蟻の足のように見えることから付けられた、茶の湯独特の造語である。
 竹には節があり、そこで屈曲する。その角度によって茶杓の均整は変わってくる。つまり煎じ詰めれば、蟻腰の角度こそ茶杓の命なのである。




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by shinchan7rin | 2016-07-18 19:40 | 読書 | Comments(0)

散歩のニャンと伊藤潤 7月16日(土)その2

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白に茶トラ、でいいんでしょうか。
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白黒、ハチ割れのうちでしょうか。
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ま、入れ代わり立ち代わり。
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      「吹けよ風呼べよ嵐」 著 伊藤潤
 これは、甲信両軍の戦に対する考え方の違いに起因していた。後の上杉謙信もそうであるように、越後や北信の武将は、勝ち負けを損害の大小で判定する。つまり相手に多くの損害を与えたと思った場合、戦場に居座ることには拘泥しない。しかし晴信は、たとえ不利な戦況でも、戦場となった場所に踏みとどまることで勝利を印象付け、周辺諸国への宣伝材料とした。これが、晴信のいうところの「芝を踏む」である。晴信にとって、戦は政治活動の一つなのだ。




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by shinchan7rin | 2016-07-16 20:26 | 読書 | Comments(0)

今日もこんなことがありました。造って焼いてその日に使える七輪陶芸、一緒にやってみませんか。
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