しんちゃんの七輪陶芸、12年の日常

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ワンコシャンプーと佐伯泰英 9月30日(土)

久しぶりにワンコのシャンプー。
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間が空いたら、さすがにちょっとオイリーになってきた。
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嫌がらないし、ぶるぶるもしない、いい子です。
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さすがにドライヤーはお気に召さない様子。
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     「白鶴ノ紅 居眠り磐音 江戸双紙48」 著 佐伯泰英
「金沢八景の謂れですが、元禄七年(一六九四)頃、水戸光圀公に招かれた明の僧侶心越禅師が箱根に向かう折り、この地を通りかかり、その景色の美しさを詩に詠んだ『金沢八景』が始まりとされます」
 それによれば、
「洲崎晴嵐
瀬戸秋月
小泉夜雨
乙艫帰帆
称名晩鐘
平潟落雁
野島夕照
内川暮雪
の八景だというのだ。

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by shinchan7rin | 2017-09-30 08:38 | 読書 | Comments(0)

散歩のニャンと梶よう子 9月29日(金)

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陰から覗くニャン。
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アップしてみます。
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違う方向から、ワンコがちらっと。
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      「いろあわせ 摺師安次郎人情暦」 著 梶よう子
 摺り台は、手前が高く、前方に向けて低くなるよう傾斜がつけられている。摺りには力がいる。まんべんなく強く、それでいて均等に力が込められるよう工夫されたものだ。
 向島の景色が彫られた版木を摺り台に載せた長五郎は、ちょんちょんと黄を置き、刷毛で絵具を広げた。紙を版木に印された見当に合わせて載せると、馬連で強く色をきめ込む。そして別の版木を手にすると、今度は薄紅を置いた。
 黄に薄い紅がほどこされた一部だけが、桃に近い色になる。黄昏時の、人を惑わすような空が紙の上に現れた。「面白ぇだろう。あらかじめ絵具を混ぜて作ろうったって出せる色じゃねえんだよ。かけ合わせっていってな、色の上にべつ色を重ね摺りするんだ」

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by shinchan7rin | 2017-09-29 08:35 | 読書 | Comments(0)

秩父行きと佐伯泰英 9月28日(木)

ゴスぺラ・ミュウのレッスンで秩父へ向かう。
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その前に長瀞のKanへ。
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ランチタイムで結構お客さんが入っています。
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長瀞町のふるさと納税、わざわざ開いてみるほどではありません。
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あやまって舌を噛んでしまい、痛くて完食できなかった。
秩父へは早く着き過ぎてしまい、銘仙館を覗いてみる。
ゴスぺラ・ミュウのレッスンは、リーダーが風邪で声が出ない。
CDバズーカが不調で動かない、と散々でした。
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     「失意ノ方 居眠り磐音 江戸双紙47」 著 佐伯泰英
 吉原の大見世に登楼する客は、いきなり楼に行くことはない。馴染みの引手茶屋に行き、そこで財布など合切を預けた後、遊女や男衆の迎を受けて楼に上がる決まりだ。
 仲ノ町張りとは、馴染みの上客を引手茶屋で迎える太夫の行為を指し、仲ノ町張りで迎えられる客は、これ以上の冥利はない。それが吉原の遊びだった。
 花魁道中や仲ノ町張りができる遊女は、大夫と呼ばれる見識、美貌、人柄を兼ね備えた遊女の特権だ。

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by shinchan7rin | 2017-09-28 08:58 | 散歩 | Comments(0)

浅田次郎 9月27日(水)その2

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      「竜宮城と七夕さま」 著 浅田次郎
 経済成長が富と健康をもたらしたと言えばそれまでだが、明らかに肥満体が多くなった。
 考えられる原因は二つ。
 まず第一には、食生活の国際化である。私たち日本人がかつてそうであったように、伝統的食文化が欧米化し、とりわけ肉とジャガイモというアメリカンファストフードに若者たちが依存するようになって、都市部を中心とした肥満爆発現象が起こったのではあるまいか。
 第二の原因は、マイカーの急激な増加であろう。これは一目瞭然である。かつて中国の大都市の風物であった自転車の群れは、今やどこにも見当たらず、かわりに朝夕のラッシュアワーには片側六車線の道路すら身動きもとれぬほどの大渋滞となる。自転車がマイカーに変わればカロリーオーバーは当たり前である。 以上二つの原因の複合により、「食べても太らない中国人」の神話は崩壊した。

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by shinchan7rin | 2017-09-27 17:16 | 読書 | Comments(0)

須恵の会 9月27日(水)

須恵の会定例会。
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自宅で成形してきたフクロウ2題。
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赤土を練り直して、叩いて伸ばす。
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白い土を撚って。
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リハビリ陶芸用の土を準備。

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by shinchan7rin | 2017-09-27 08:57 | 須恵の会 | Comments(0)

渋皮煮と佐伯泰英 9月26日(火)

栗のシーズンとなって、カミさんが作ってくれた。
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栗の渋皮煮、甘みも十分。
大事に戴きます。
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     「弓張ノ月 居眠り磐音 江戸双紙46」 著 佐伯泰英
 白書院は、上段、下段、帝鑑之間、連歌之間などに分かれており、縁側を含めると三百畳の広さがあった。この書院は、大広間、黒書院と同じように江戸城での儀礼などに使われた。
 白書院の先に別の中庭が待ち受け、その中庭の北西の角に溜之間があった。竹之廊下を真っ直ぐに行った先の東隣の部屋で、大名の殿中席にあてられた。黒書院の一部でもあり、松溜とも称された。
 黒書院は、上段、下段、囲炉裏之間、西湖之間、溜之間に分かれており、縁側を含めて百九十畳の広さであった。

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by shinchan7rin | 2017-09-26 08:57 | 読書 | Comments(0)

朝井まかて 9月25日(月)その2

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      「福袋」 著 朝井まかて
 悉皆屋は上方で生まれた生業で、まあ着物にかかわることのほとんどは京、大阪に発祥があるものだけれど、修吉はこの伊勢町の染物職人の四男で、自ずと悉皆の仕事にかかわるようになったらしい。
 ただ、修吉はおように注文を持ってくるのは染仕事ではない。おようは「羽裏」と呼ばれる羽織の裏地専門の絵師なのである。
 度重なる「倹約令」や「禁止令」によって、町人の着物は華美に流れることを封じられ、今や、地味な無地や縞柄が主流となっている。が、その裏を掻くかのように、襦袢や裾裏、そして羽織の裏地に贅を凝らすようになったのだ。ことに、脱ぎ着する一瞬しか人の目に触れない羽裏に絵を描かせることは、究極の「裏勝り」とされている。

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by shinchan7rin | 2017-09-25 16:11 | 読書 | Comments(0)

リハビリ陶芸 9月25日(月)

デイサービスにお邪魔してリハビリ陶芸を実施。
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右手を痛めていたのだが、復帰。
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久々に猫でない器を成形。
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手慣れてきたようです。
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形がだんだんと変わっていく。
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ほかの方とは違う形。
お疲れさまでした。

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by shinchan7rin | 2017-09-25 09:10 | 須恵の会 | Comments(0)

BRZ6カ月点検と佐伯泰英 9月24日(日)

埼玉スバル本庄まで、ディーラーで6カ月点検。
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1時間も待たないで終了。
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コストコの駐車場で、ショッピングカート(コストコのは大きい)を当てられて傷ができたので、
タッチアップペイントを購入。
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      「空蝉ノ念 居眠り磐音 江戸双紙45」 著 佐伯泰英
 本材木町の木戸番に空きがあることを知り、町役人に口利きして、番太に転じさせたのだ。
 番太は番太郎とも呼ばれ、町内から給金が支払われた。だが、雀の涙ほどで暮らしは成り立たない。駄菓子、蝋燭、糊、箒、鼻紙、冷や飯草履、草鞋などを売る副業が黙認されていた。さらに時代が下がるにつれて木戸番の番太の株が売り買いされるようになる。


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by shinchan7rin | 2017-09-24 08:33 | 散歩 | Comments(0)

梶よう子 9月23日(土)その2

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      「ふくろう」 著 梶よう子
 書院番は、将軍外出時に付き従う小姓組とともに両番と呼ばれており、開幕まもない二代将軍秀忠の親衛隊として設けられた役職だった。小姓組と同じく将軍に従い、平時は江戸城諸門の警備や、市中の見回り、駿府城の在番などにもあたっている。
 十組あり、一組に番頭、組頭が一名ずつ、番士五十名で組織されており、与力、同心が付属している。そのうち、将軍が住まう本丸に六組、継嗣の居住する西丸に四組が置かれた。本丸の書院番が六日に一度、西丸書院番は、四日に一度が勤務の基本となっている。

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by shinchan7rin | 2017-09-23 14:40 | 読書 | Comments(0)

今日もこんなことがありました。造って焼いてその日に使える七輪陶芸、一緒にやってみませんか。
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