しんちゃんの七輪陶芸、12年の日常

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工程表と佐伯泰英 10月6日(金)

10月に入ってもベルクの工事には進展がみられない、
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動きのない南地区。
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道路脇にブロックを設置するのみ。
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こんな様子で来年4月開店は可能なのか。
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     「旅立ノ朝 居眠り磐音 江戸双紙51」 著 佐伯泰英
「重富利次郎、未だ木鶏たりえず、じゃな」
「どのような意味ですか」
「強さを表にだすようでは一人前ではないということだ。最強の闘鶏は木で作られた鶏のように表情を顔には出さぬ、ということだ」
「利次郎どの、その言葉、この坂崎磐音にも当てはまる。未だ木鶏たりえず、御番ノ辻の戦いを思い出すと胸がざわつくのじゃ」

シリーズ完結


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by shinchan7rin | 2017-10-06 09:15 | 読書 | Comments(0)

佐伯泰英 10月4日(水)その2

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      「竹屋ノ渡 居眠り磐音 江戸双紙50」 著 佐伯泰英
 山谷堀待乳山下から対岸の小梅村三囲稲荷の鳥居前を結ぶ渡しは、待乳ノ渡しとも呼ばれた。ところが三囲稲荷門前にある茶屋の女将が対岸の山谷堀の船宿竹屋の船を、
「竹屋さん、お客さんですよ。船を願いますよ!」
 と美しい声で呼んだことが評判になり、いつしか、
「竹屋ノ渡し」
 が通り名になっていた。

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by shinchan7rin | 2017-10-04 17:28 | 読書 | Comments(0)

佐伯泰英 10月2日(月)その2

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     「意次ノ妄 居眠り磐音 江戸双紙49」 著 佐伯泰英
 大井川は、駿州、信州、甲州の国境付近にある間ノ岳に源を発し、赤石山脈と白根山脈の間の谷間を南に下り、駿河湾にそそぐ全長四十二里(百六十八キロ)の流れだ。水源付近は、降雨量が多く、水量も多い。ために江戸時代を通じて、橋を架けることが許されなかった。
 上流では、住人の足として丸太橋が黙認されたが、中流域では桶に乗せて渡す「桶越し」と呼ばれる方法で両岸を行き来した。さらに東海道付近の下流では、
「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」
 と最大の難所だった。

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by shinchan7rin | 2017-10-02 15:55 | 読書 | Comments(0)

ワンコシャンプーと佐伯泰英 9月30日(土)

久しぶりにワンコのシャンプー。
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間が空いたら、さすがにちょっとオイリーになってきた。
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嫌がらないし、ぶるぶるもしない、いい子です。
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さすがにドライヤーはお気に召さない様子。
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     「白鶴ノ紅 居眠り磐音 江戸双紙48」 著 佐伯泰英
「金沢八景の謂れですが、元禄七年(一六九四)頃、水戸光圀公に招かれた明の僧侶心越禅師が箱根に向かう折り、この地を通りかかり、その景色の美しさを詩に詠んだ『金沢八景』が始まりとされます」
 それによれば、
「洲崎晴嵐
瀬戸秋月
小泉夜雨
乙艫帰帆
称名晩鐘
平潟落雁
野島夕照
内川暮雪
の八景だというのだ。

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by shinchan7rin | 2017-09-30 08:38 | 読書 | Comments(0)

秩父行きと佐伯泰英 9月28日(木)

ゴスぺラ・ミュウのレッスンで秩父へ向かう。
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その前に長瀞のKanへ。
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ランチタイムで結構お客さんが入っています。
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長瀞町のふるさと納税、わざわざ開いてみるほどではありません。
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あやまって舌を噛んでしまい、痛くて完食できなかった。
秩父へは早く着き過ぎてしまい、銘仙館を覗いてみる。
ゴスぺラ・ミュウのレッスンは、リーダーが風邪で声が出ない。
CDバズーカが不調で動かない、と散々でした。
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     「失意ノ方 居眠り磐音 江戸双紙47」 著 佐伯泰英
 吉原の大見世に登楼する客は、いきなり楼に行くことはない。馴染みの引手茶屋に行き、そこで財布など合切を預けた後、遊女や男衆の迎を受けて楼に上がる決まりだ。
 仲ノ町張りとは、馴染みの上客を引手茶屋で迎える太夫の行為を指し、仲ノ町張りで迎えられる客は、これ以上の冥利はない。それが吉原の遊びだった。
 花魁道中や仲ノ町張りができる遊女は、大夫と呼ばれる見識、美貌、人柄を兼ね備えた遊女の特権だ。

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by shinchan7rin | 2017-09-28 08:58 | 散歩 | Comments(0)

渋皮煮と佐伯泰英 9月26日(火)

栗のシーズンとなって、カミさんが作ってくれた。
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栗の渋皮煮、甘みも十分。
大事に戴きます。
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     「弓張ノ月 居眠り磐音 江戸双紙46」 著 佐伯泰英
 白書院は、上段、下段、帝鑑之間、連歌之間などに分かれており、縁側を含めると三百畳の広さがあった。この書院は、大広間、黒書院と同じように江戸城での儀礼などに使われた。
 白書院の先に別の中庭が待ち受け、その中庭の北西の角に溜之間があった。竹之廊下を真っ直ぐに行った先の東隣の部屋で、大名の殿中席にあてられた。黒書院の一部でもあり、松溜とも称された。
 黒書院は、上段、下段、囲炉裏之間、西湖之間、溜之間に分かれており、縁側を含めて百九十畳の広さであった。

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by shinchan7rin | 2017-09-26 08:57 | 読書 | Comments(0)

BRZ6カ月点検と佐伯泰英 9月24日(日)

埼玉スバル本庄まで、ディーラーで6カ月点検。
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1時間も待たないで終了。
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コストコの駐車場で、ショッピングカート(コストコのは大きい)を当てられて傷ができたので、
タッチアップペイントを購入。
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      「空蝉ノ念 居眠り磐音 江戸双紙45」 著 佐伯泰英
 本材木町の木戸番に空きがあることを知り、町役人に口利きして、番太に転じさせたのだ。
 番太は番太郎とも呼ばれ、町内から給金が支払われた。だが、雀の涙ほどで暮らしは成り立たない。駄菓子、蝋燭、糊、箒、鼻紙、冷や飯草履、草鞋などを売る副業が黙認されていた。さらに時代が下がるにつれて木戸番の番太の株が売り買いされるようになる。


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by shinchan7rin | 2017-09-24 08:33 | 散歩 | Comments(0)

足場と佐伯泰英 9月21日(木)

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外装工事は高い部分が終わったので、足場を解体。
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足場担当は違う会社。
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足場が片付いたところで、外装工事の続き。
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だいたい終了しました。
いやいや、樋の落としが残ってる。
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      「湯島ノ罠 居眠り磐音 江戸双紙44」 著 佐伯泰英
 寛永年間(一六二四~四四)、三代将軍家光は、神君家康を祀る日光東照宮の造営にあたり、諸国から優れた職人や匠を日光やその周辺へ集めた。
 岩槻は日光街道の一夜目の将軍の御宿であり、この岩槻城下に造営や修復に携わる職人たちが住み、大事業に関わった。そして、造営が終わってもこの土地に残り、暮らしを立てるためにこの界隈に多く植えられた桐材で箪笥を作り始めたという。
 そんな職人の中に人形造りもいた。
 また元禄十年(一六九七)、京の堀川の仏師慶信が旅の途中にこの岩槻城下で病に倒れ、時の藩主小笠原長重の藩医の治療を受けて回復した。
 恵信はこの地の人情にほだされて岩槻に住むことにした。
 この仏師が目をつけたたのが人形造りに使う桐粉だった。恵信は桐粉をしょうふ糊で練りかためて、人形の頭を作る技をこの地に伝えた。

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by shinchan7rin | 2017-09-21 08:52 | 読書 | Comments(0)

外装工事と佐伯泰英 9月19日(火)

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外壁に外装トタン張りが始まった。
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結構進むね。
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1日でここまで。
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      「徒然ノ冬 居眠り磐音 江戸双紙43」 著 佐伯泰英
「過日、お見せした康継じゃがな、拭いも刃取りも磨きも終えた。残るはなるめで、帽子(鋩)を研磨すれば完成じゃ」
 と言った百助が白木の短刀を磐根に差し出した。
 仕上げ研ぎを終えた刃は拭いに入る。
 拭いとは刀身に光沢を与える作業である。細やかな粉末にした酸化鉄を丁子油に混ぜ、吉野紙で漉したもので磨く金肌拭いを終え、刃の部分を白く仕上げる刃取りをなし、棟と鎬地が細かい鉄棒で磨きをかけられていた。ために刀独特の黒い光沢が康継に生じていた。
 そして、残された最後の過程は、
「なるめ」
 と呼ばれる作業で、帽子(鋩)を研磨することだけだった。

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by shinchan7rin | 2017-09-19 08:55 | 読書 | Comments(0)

休日の河原と佐伯泰英 9月18日(月)その2

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台風一過晴れた日の河原でエンジン音が聞こえる。
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岩場でバイクで遊んでいる。
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向こう岸で、木が茂っているのでよく見えない。
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      「木槿ノ賦 居眠り磐音 江戸双紙42」 著 佐伯泰英
 その間に、上野国から信濃国にかけて空前の災害に見舞われた。
 天明三年七月八日朝の四つ(午前十時)自分に浅間山が大音響とともに大爆発を起こし、死者五百人弱、行方不明負傷者多数、家畜田畑の損害甚大という被害を生じさせた。
 高さ三千尺以上もの噴煙を上げ、遠く江戸でも夜間になると真っ赤に夜空を焦がす噴煙が望めた。さらに降灰は関八州に及び、江戸でも一寸以上の灰が積もった。

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by shinchan7rin | 2017-09-18 19:50 | 読書 | Comments(0)

今日もこんなことがありました。造って焼いてその日に使える七輪陶芸、一緒にやってみませんか。
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