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しんちゃんの七輪陶芸、12年の日常

タグ:宮城谷昌光 ( 48 ) タグの人気記事




散歩のニャンと宮城谷昌光 7月14日(土)

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ニャンが車の陰に隠れます。
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覗いてみると。
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      「三国志名臣列伝 後漢篇」 著 宮城谷昌光
 自尊心が旺んな王謙と陳琳のような賢臣が、しばしば何進に助言をしたというところに、何進の特異性があったとみてよい。つまり何進は皇后の兄でありながら、王朝の汚濁そのものといってよい宦官の存在に眉をひそめ、その権力のすさまじさに忌憚せず、よく下の者の意見を聞く清重な武断派にみえた。
 ――この人をかつげば、宦官勢力をおさえつけることができる。
 ひごろ宦官の横暴をにがにがしく思っている官人と庶民は、何進をおしたててゆけば、王朝を粛正できる、というひそかな希望を持った。中央の政府が正道をとりもどせば、宦官がまき散らしている不条理と悪政が世の中から消える、と庶民もわかっているということである。




by shinchan7rin | 2018-07-14 09:15 | 読書 | Comments(0)

宮城谷昌光 11月7日(火)その2

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      「呉越春秋 湖底の城 八」 著 宮城谷昌光
「占いにおいては、陽が陰に、陰が陽に、変わりうるゆらぎを重視します。たとえ凶の卦がでても、人はおのれの徳を積むことによって、凶を吉に変えることができます」
「古代、殷の王朝をたてた湯王は、人はこうあるべきだと定められました。諫めのことばを聴きいれてそれにさからわない、古人の教えを遵守する。人の上に立っては下情に通ずる。人の下に居ては真心をつくして仕える、他人にたいしては完全さを求めず、自分自身をいたらぬ者として律する。それらを実践するうちに、湯王は万邦を掌握してしまったのです。天下を取ることは、なんとたやすいことではありませんか」




by shinchan7rin | 2017-11-07 16:15 | 読書 | Comments(0)

アングレーズと宮城谷昌光 1月6日(金)

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カミさんが焼いたアングレーズ。
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ラム酒に漬けたドライフルーツがたっぷり。
お酒の風味でしっとり、どっしり。
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     「呉越春秋 湖底の城(七)」 著 宮城谷昌光
 計然は経済学者といってよい。
 計然の教本に古くさい倫理がないことに感心した允常は、
「われの嗣子を誨誘してくれるものを欲している。先生の門下生で、それにふさわしい者はいないか」
 と、英才を推挙してくれるように求めた。それに応えて計然が選んだ弟子が、范蠡と種であった。
 とにかく范蠡と種は、二十代のなかばに太子句践の側近となった。それからおよそ五年後に、老君主というわけでもない允常が薨じて、二十歳を過ぎたばかりの句践が即位したのである。

※8巻に続く」となっているのだが、未入荷。




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by shinchan7rin | 2017-01-06 09:21 | 読書 | Comments(0)

散歩のニャンと宮城谷昌光 1月4日(水)

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庇の上のニャン。
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まぶしそうな顔してる。
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     「呉越春秋 湖底の城(六)」 著 宮城谷昌光
 柏挙を通過すれば、雲夢沢の北の路にでることができる。その路は、破るのにむずかしい三関を通って、南下して至る路であり、その路を西進してゆけば楚都の郢(えい)に着く。すなわち呉軍は淮水からの上陸はやめ、三関を回避し、大別山経由の路をえらんで、柏挙まできた。楚への侵攻を考えたとき、その進撃路は、常識を超えたところにあるといってよいであろう。もしも呉軍が柏挙で大敗すれば、退路は山谷であるから、逃げきるのはむずかしい。そのことを闔廬も認識し、将卒も軽い恐怖とともに想っている。あえてそういう地を主戦場にして、呉の元帥から兵卒にいたるまで不退転の覚悟を生じさせたのが孫武であるとすれば、この人は超絶した名将である。




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by shinchan7rin | 2017-01-04 09:13 | 読書 | Comments(0)

散歩のニャンと宮城谷昌光 12月31日(土) 

長男が昨夕帰宅、次男は今日の夕方帰宅予定。
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窓の上のニャン。
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まったく動きなし。
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     「呉越春秋 湖底の城(五)」 著 宮城谷昌光
 客室に落ち着いた孫武は、自筆の兵法書を子胥に渡した。
 子胥がうけとった兵法書は、呉王の闔廬(こうりょ)に献呈されてしまうので、高弟たちがその写しをすでにすませている。
 この兵法書こそ、後世、中国の内だけでなく、世界にもひろがって、名著とたたえられる『孫子』である。この書物は十三篇で構成されていることになっているが、最初に呉王に献呈されたものは、たぶん数篇であろう。のちに孫武自身が篇を加え、さらに孫武の子と高弟たちが勘考して添削をほどこして完成させたと想ったほうがよいであろう。

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蝋梅が咲き始めた、少し早くないか。




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by shinchan7rin | 2016-12-31 09:58 | 読書 | Comments(0)

シュトーレンと宮城谷昌光 12月27日(火)

カミさんの焼いたシュトーレン。
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寝かせたほうが味がよくなるというので、寝かせている間にあることをわすれた。
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さすがにおいしい。
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      「呉越春秋 湖底の城(四)」 著 宮城谷昌光
「剣さえあれば、王を殺すことは、たやすいことです。しかし膳夫は衣服をあらためられ、匕首どころか釘さえかくしもてぬでしょう」
 大力の?(せん)設諸でも、素手で王僚を斃すのは至難である。
「剣は、ある」
 公子光は声をひそめた。
 この説明をきき終えた?設諸は、わずかにさびしさを眉宇にただよわせて、
「それなら、王を殺すことはできましょう。しかしながら、わが母は老いており、子は幼いのです。われが死ねば、家族は途方にくれるでしょう」
 と、首を横にふった。
 ?設諸の手をとった公子光は、
「われは、なんじの身である」
 と、強くいって、手をゆすぶった。自分とそなたは一心同体である、なんでそなたの死を粗略にしようぞ、遺される家族のことは心配するな、と公子光はいったのである。



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by shinchan7rin | 2016-12-27 09:11 | 読書 | Comments(0)

ワンコシャンプーと宮城谷昌光 12月21日(水)

ワンコは今回オイリーにもスメリーにもなりにくく、1カ月たった。
薬は連日から二日飲んで一日休みローテに移行。
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お正月前にシャンプーしておこう。
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気温の予報を見ながら、よし今日だ。
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ドライヤーをかけるとちょっとビビるが、おとなしいもの。
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     「呉越春秋 湖底の城(三)」 著 宮城谷昌光
 わかっていることは、
 ――再三、死地に在ったのに、斃れないで、ここにいる。
 と、いうことである。天によって活かされた、と感じたのであれば、天によって殺されるまで、せいいっぱい生きることである。不運であることは、幸運のはじまりかもしれず、不幸であることは、幸福のはじまりかもしれない。陽の当たらないところを歩きつづけている者は、陽射しをこいねがっているが、いざゆたかな陽射しの下に立つと、目がくらんでしまう。人生において、いつ陰が陽に転ずるかわからないという心のそなえをおこたっていると、そうなるであろう。
 ――人生の転機は、明日にもある。
 子胥は顔をあげた。




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by shinchan7rin | 2016-12-21 09:33 | 読書 | Comments(0)

パウンドケーキと宮城谷昌光 12月20日(火)

カミさんが焼いたパウンドケーキ。
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生クリームがたっぷりでずっしり重い。
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リンゴがしっとり。
これだけ食べているのに、なかなか太れない。
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      「呉越春秋 湖底の城(二)」 著 宮城谷昌光
「もしも呉に亡命すれば、まっさきになんじに報せる。また会えるとよいな」
 子胥はそれだけいって?(せん)設諸の家をでた。この怪力の男も、野に埋もれたままで終わるのか。いまの子胥にはなにもかもせつない。
 すぐに年があらたまった。
 ちなみにこの年は楚の平王の七年であり、紀元前五二二年にあたる。
 この年の事件が、連尹家だけではなく、結局楚の国家にも大凶をもたらすことになる。




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by shinchan7rin | 2016-12-20 09:21 | 読書 | Comments(0)

タイヤ交換と宮城谷昌光 12月19日(月)

自宅ではスペースがないので、人頼みでタイヤ交換。
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花園インター近くのコバックへ。
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ジャッキアップして、一括して取り換えるので、早い。
問題は、タイヤ4本を積み込めないことである。
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     「呉越春秋 湖底の城(一)」 著 宮城谷昌光
 伍子胥は巨躯である。身長は一丈(二・二五メートル)もある。同時代に孔子がいるが、彼は東方の魯の国に生まれて、身長が九尺六寸(二・一六メートル)もあるので、人々に驚嘆されて、
「長人」
 と、呼ばれた。伍子胥は孔子よりも高い。巨大な体躯をもった伍子胥は貌も大きく、眉間は一尺(二十二・五センチ)もあるといわれているが、これはどうか。
 すでに楚人のなかでめだつ存在となっている伍子胥は、こまかなことに気をつかわぬ豪快な人とみなされているが、じつはこまやかな神経をもち、なにごとにも疎漏がない。独特な勘は、予見力とかかわりをもっており、
「なんじは聖人に近づけよう」
 と、父から称められたことがある。ここで聖人というのは、神の声をきいて未来を予言できる人、ということで、後世の意味とはちがう。




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by shinchan7rin | 2016-12-19 09:56 | 読書 | Comments(0)

散歩のニャンと宮城谷昌光 9月29日(木)

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ソフトな色合いの三毛。
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仲良く並んで。
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兄弟かな。
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      「三国志 外伝」 著 宮城谷昌光
 闇を照らす光などどこにもない。それでも闇の道を歩かねばならぬのなら、おのれが発光体にならなければ、まえにすすめない。陳寿はそれに気づいた。
 ついに陳寿は壮大な歴史書の撰述を開始した。いままでの歳月は、これを書くためにあった、というべきである。
 四年がすぎて、この撰述はとうとう完成した。大きく呼吸をした陳寿は、心のなかで父母と?(しょう)周にむかって手をあわせてから、署名を描いた。
『三国志』
 志は、史ではなく、あくまで志であった。
 志は誌とおなじで、記録という意味をもつ。すでに『漢書』のなかで用いられていたが、あえてそれを書名にだした。
 この六十五篇からなる歴史書の存在はすぐに朝廷の高官たちに知られた。かれらの上表もあって、司馬炎の命令によって洛陽令の属吏が紙と筆をもって陳寿家にやってきた。写しとられた『三国志』を、高官たちが争うように読んだ。




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by shinchan7rin | 2016-09-29 09:16 | 読書 | Comments(0)

今日もこんなことがありました。造って焼いてその日に使える七輪陶芸、一緒にやってみませんか。
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